礼儀の中に含まれるモンスターペアレント的なイメージが私は苦手だ

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礼儀はなぜネットアイドルに人気なのか

ツイより

 
初めて東方神起行ったけど、足長いし、ダンス揃ってるし、日本語うまいし、もう不足してるものが何もなかった

 東方神起のツアーのライブに初めて行ったけど、めーっちゃよかった
これだけ愛されてる理由が分かった気がする
 
東方神起のコンサートに初めて連れてって貰ったんですけど、身長が!!!高くて!!!手足が長くて!!!!びっくりした!!!!!!!リア恋枠では…??????俄然スタイルがいい。顔がいい。そして歌が上手い。めっちゃ楽しかったです

初めての東方神起でした。ダンスもしっかり踊るし、日本語力は素晴らしいし、語彙力が凄い。舞台装置も凄い。花道が回転しましたよ。飛んでましたし。大好きなライサン聞けてたまらなく最高でした。神々しい。

 
初めて東方神起のコンサートに行って感じたこと!
パフォーマンスも歌も礼儀の良さもどんなアーティストよりも凄くて私はリハビリと仕事もっと頑張って、自分に負けない人間になりたいって思った!本当に感動と勇気をいただきました。

 
今日初めての東方神起さん??
とっても楽しかった?
私の中で勝手に力強いイメージがあった二人がとても可愛くて
決して短いとは言えない約2年間という時間を待っていてくれてありがとう。ただいまー!という二人におかえりー!と返すファン。私たちはどれくらいの時間を待てばいいのかな。。。
 
初めまして東方神起さん@東京ドーム。楽しい楽しくないとかいう次元じゃない初体験だらけで頭も心も付いていかない頭痛いし苦しいしなんだこれー。とにかくかっこよかった。かっこよすぎて苦しいぎゅーってするひやぁあああああああ

 
ふたり揃った東方神起を初めて観た…!(震)
言葉にできないくらいの感動!
Boleroとさんばでぃーとぅらぶで感涙……絶対また行こう
彼らはあたしのK-POP界の王様だ…
 
東方神起のライブ(°▽°)??初めてだったけどカッコよかったー??私はチャンミン派かな どの曲でもダンスに手を抜かないし、間違えないしプロってすごいなって思いました。

とにかく今日は楽しかったし
初めての東方神起は
めちゃ楽しかったし!
ワンピース生で聞けたし!
東方神起のMC可愛いかった!
わたしはどっちかって言うと
ゆのさんのがお好み?←笑

東方神起のライブに初めて行ってきた??2人ともカッコよかった…そして噂には聞いていたが、レッドオーシャンの綺麗さ…??
3時間半という長さにも驚いたが、飽きさせない工夫を感じる。舞台装置もエェ!?って思うようなドキドキと楽しさと、近くまで来てくれる優しさを感じた。ぜひまた行きたい

急遽友達から東方神起ライブのお誘いを受けて初めて参加してきたけど、楽しかったー????
全部の歌はわからないけど、もともと好みの曲調なのと友達のカラオケで覚えた曲と大好きな曲でテンション上がって…久々にペンライト振り回したけどやっぱりいいね^^
 
Kポハマって、ここ2年近く友達のおかげで色々なグループを観る事が出来て、今回東方神起を初めて観たけど、話に聞いた以上に素敵だったし、カッコよかったし、楽しかった??
 今日はそのうちの沼さんの1人が行けなくなってしまった代打として東方神起の東京ドームライブへ行ってきました。初めての生東方神起!チャンミン可愛すぎだろ…恋してしまうやつじゃん…ってなってる
 
初めて東方神起の単コンに行って思ったことは、大人の色気ってこのことを言うのかと確信しました。私の推しであるSHINeeちゃんにも色気はありますが、長年の培った2人のフェロモンはもう歳を重ねないと作れなくて、で、それが今日のライブでダダ漏れで肉体美と甘く力強い声ととにかく全部やば(文字数)

礼儀バカ日誌6

「きっと話したい言葉がある!」

以下は、私が今回日本にいる間に書いたものです。日本からみれば、今は韓国における慰安婦問題がさらに複雑に、解決が難しいものとなっているようにみえるだろうと思います。しかし私にはそれが、日本人にとってはこの問題が「歴史問題」ではあっても、韓国人には今を生きる日常の問題である、という認識の違いから起こっている「複雑さ」なのだと考えています。それを伝えることはとても難しいのですが、日本にいるこの時なら、もしかするとそれが書けるかもしれないと、悩みながら書いてみた文章です。何かの参考になれば幸いです。
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先月、映画『アイ・キャン・スピーク(?? ? ???)』(キム・ヒョンソク監督)を劇場で観ました。2007年に、元慰安婦のイ・ヨンスさんと故キム・グンジャさんの証言をきっかけにして、米国下院で「旧日本軍慰安婦謝罪決議案」が採択されたという事件をモチーフとしてつくられた映画です。しかし、それがこれまでの慰安婦関連の映画と大きく違ったのは、コメディ要素が大量に盛り込まれた明るい映画としてつくられたことでした。
その結果、私自身はこの映画の後半部分で、熱い感動の涙を流しました。もちろん、私のように長く韓国に住み、韓国人と結婚して韓国人の家族になった、という立場の人間が感じるその感情を、日本にいる方々にそのまま伝えることは難しいだろうと思いますが、この映画ならもしかするとその一部を伝えられるかもしれない、と思って推薦のためにこれを書いています。
ここ何年か、慰安婦に関連する映画が多く出ていますが、今回のこの『アイ・キャン・スピーク』のストーリーが、それらに比べてはるかに優れていると思うのは、ちゃんとこの「慰安婦問題」が韓国人の日常に関わる問題であるということを描いてくれているからです。日本人にとっては「歴史問題」であったとしても、韓国人には今を生きている人たちの人生の問題である――私はその違いこそが両国人の間に葛藤をどんどん大きくしてしまっている、すれ違いの一番大きな要素であると、ずっと考えてきました。

●韓国人の日常の記憶の一部として
今年の3/1の話ですが、3・1独立運動を記念するその日に、韓国の南、慶尚道に住む主婦ブロガーの方が書いた、ある小さな記事を読みました。田舎の風景をそのまま撮った写真がとても美しく、文章も詩のように情緒豊かなので、ときどき読んでは癒されていた韓国のブログの一つなのですが、その日の内容は、特別な衝撃を私にくれました。それは、ご本人の今は亡き母親とその父親(外祖父)に関する短い文章でした。下にそのまま訳してみます。
「日帝強占期、女性たちを招集した‘処女供出’。村ごとに召集人員が割り当てられ、未婚の娘たちがいる親たちは、‘処女供出’を避けるために、大急ぎで娘を嫁にやったと聞いた」
「その時、母の年18。村ごとに2名ずつの‘処女供出’選定で、外祖父がくじ引きをして、母は‘処女供出’対象者となり、入営列車で軍隊に入隊するごとく、夜間列車に身を任せてから、外祖父と約束したとおり、回る白い手ぬぐいを見た瞬間に、麦畑に飛び降りて、親戚の家で隠れて過ごしてから、急いで結婚をしたという、生前の母の言葉が思い出される」
「その当時、くじ引きで娘を‘処女供出’対象者にしてしまった父母の心はどうだったろうか。察してあまりある。最近、生きるのがたいへんだ、などといっても、日帝強占期や6・25動乱の痛みを経験した父母たちの世代に比べれば、‘処女供出’や戦争労役のような苦痛は、私たちにはないのではないか。国が安らかでなければ、私たちがたいへんなことになるという事実を、皆が分かったらいいと思う」
彼女にとっては、この「処女供出」の問題は、お母さんの現実の問題であり、自身の命の問題です。少なくとも、その時の祖父の判断によって、今の自分がこの地上に存在し得ていると感じているからです。今も、親や祖父母の世代の話として生きている記憶であるとともに、もしまた国が奪われ、自分たちの意向とは別に、自分たちの家族の人生が奪われてしまったらどうなるのだろうか。そのような切迫した日常の延長の問題として、韓国人にとってそれらの「問題」は現実に存在しているわけです。
もちろん、当時の韓国人がそのように呼んでいた「処女供出」自体は、慰安婦とイコールではありません。しかし、当時の日本は、戦争が厳しくなるにつれて、鉄を集めるために韓国人の金属製の食器を皆、強制的に「供出」し、韓国人が先祖を祭るために命のように考えて、これだけは奪われまいと必死で隠そうとした祭器までも探し出しては奪っていった、という記憶が語られている中で、強制的に徴用されていった彼女たちの運命こそが、まさに‘供出’されていたわけです。
それは決して「歴史問題」などではなく、書類や歴史資料の問題でもなく、元慰安婦のおばあさん方のことをあえていわなかったとしても、息をしながら生きてそこに記憶を話している父母の問題であり、祖父母の問題であり、当然、自分自身の問題でもあるわけです。

●私の立場で伝えねばならないこと
私が何度もここに書いていますが、韓国人は私たち「日本人」自体はとても好きです。それはアジアの隣国であり、「日本人は礼儀正しく優しい」とよくよく知っているからです。でもいっぽうで、「日本の国」が嫌いであり得るのは、それはなぜなのか?
最近、日本に行くと、日本人の中に「韓国人が嫌いだ」という人が増えていることを実感します。今回のツアー中にも、私たちが食堂で、韓国の団体として団体席に座ろうとしている時に、たまたま店員が目の前の日本人のお客さんを私たちの一員と間違えて「こちらです」と声をかけたのですが、それをいったとたんに、その中年のおじさんが、烈火のごとく怒り出して、「日本人だろ、馬鹿やろう!」と叫ぶということがあって、とっても怖く、びっくりしました。
私は韓国で25年間生活しながら、「日本人に間違えられた」と怒りを表す韓国人には、ただの一人も会ったことはありません。日本の「国」に対しても、韓国では「先進国であり、立派な国」だという感覚を基本としています。ただ唯一、過去の歴史についてだけ、「その当時の日本」を決して認められないという立場があり、そこにおける傷が、現実に何よりも深いというだけです。だからもちろん、私たち日本人が「その当時の日本は悪くない」などといえば、当然、強く反発するでしょうし、過去の傷がさらに
傷つけられたと感じることでしょう。
『アイ・キャン・スピーク』はとてもいい映画でした。日本での映画紹介には、「米国で慰安婦証言をするために英語を勉強した元慰安婦の話」と紹介されていますが、このストーリーの中で、主人公のおばあさんは、実際には子供の頃に養子として米国に引き取られていった弟と話すために英語を勉強していたのです。そしてそこまでは、おばあさん自身にしても映画自体にしても、「慰安婦問題」とは何も関係ない‘爆笑コメディ’でこそあったわけです。
それが突然、英語で慰安婦証言をしてきた友人が認知症にかかって倒れてしまったために、彼女のために一大決心をして代打を引き受けることになり、映画の流れも、おばあさんの生涯も、180度の変化を迎えます。ふつうは、自分が慰安婦であったことなど、誰も話そうとはせずにひた隠しにするものであって、それをカミングアウトすることが韓国内においてもどれほど困難を伴うことか、やっと得ていた平安をただひたすら犠牲にしながら、個人的には得るものなどまったくないことであるということも、共に実感することができるでしょう。
日本に住んでいる私の友人の一人は、数年前に、慰安婦のハルモニたちがいる施設を一度訪ねたことがきっかけで、今日まで韓国の名節のたびに、わざわざ訪ねていっては、ハルモニたちに「日本の孫」として敬拝を捧げ、お小遣いをお渡ししています。私はそこまではできないですが、しかし、私にも、私の立場で伝えなければならない内容があるだろうと思って、日本に旅行に来ている今のこの時間を利用して少し書いてみました。つたない文章で、本当にもどかしいかぎりですが、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。

【あらすじ】 きっと話したい言葉があり、聞きたい言葉がある!
町中を掻き回しては、8000件に達する民願(市民からの嘆願)を役場に申し入れて、「鬼」とまで呼ばれる‘オクプン’。20年もの間、誰にも止められなかった彼女の前に、原則主義の9級公務員‘ミンジュ’が現れることで、張り詰めた緊張感が生まれる。民願の申し込みと同じくらい熱心に勉強した英語がなかなか覚えられず、意気消沈した‘オクプン’は、ネーティブスピーカーなみの英語を駆使する‘ミンジュ’に出会い、先生になってくれと時と場所をわきまえずにお願いする。二人だけの特別な取り引きを通して決して合いそうもなかった二人の英語授業は始まり、一緒にいる時間が続くほど互いを理解し疎通するようになりながら、友達であり家族となっていく。
‘オクプン’が英語を勉強する理由がずっと気になっていた‘ミンジュ’は、ある日、彼女が英語で必ずしたい話があると知るようになるが…。
映画『アイ・キャン・スピーク(?? ? ???)』(キム・ヒョンソク監督)予告編。

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